a.k.a. Sakaki

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ふらっと本州の最南端まで:後編

前編

村立平谷小学校 跡地

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 谷瀬の吊り橋で十津川温泉のルートを確認していたところで「平谷小学校跡地」の字面が私の目を引いた。当初、寄る予定は全くなかったのだが、十津川温泉のルートに沿って建っているようだったので、中継地とすることにした。

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 途中、道の駅 十津川郷を挟んで目的地に到着した。まっ先に目に着いたのが「通学路 注意」である。この青空と標識のコントラストが時空間を錯綜させる。ここを歩いた先に校舎が建っている。

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 帰宅して調べたところ、なんと2017年に閉校となったらしい。去年のことだ。どうやら、ここ十津川村には他にも閉校した学校が多くあるらしい。自分の母校が消えるという感覚は一体どんなものなのだろう。今度は「廃校舎めぐり」と称して十津川村に来てみようと思う。

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 犯罪防止のためだと思われるが、中に入ることはできなかった。これらは外側から撮影できる範囲で撮った写真である。この保健室は何人の不調生徒の居場所となったのだろう、この職員室で働いていた教師はどんな子どもを育てたいと考えていたのだろう、ガムテープでグルグル巻きになったジョウロは何本の朝顔やトマトを育てたのだろう、そして、この階段は何人の子どもを体育館へと導いたのだろう。

 そんなことを考えていると、教師の仕事というのも悪いことばかりではないと物思いに耽る。このまま休む暇のないまま一生を終えるのか…と考えると直ぐにでも離職したい気分になってしまうのだが、一方で、子どもの顔や、子どものために働いている大人の姿を思い出すと、こうやって理不尽に耐えながらクタクタになって働く自分も嫌いにはなれない。来年はどうなるのだろうか。まだ分からない。

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 センチメンタルな気分をぶち壊しに来たぞ、コイツ。急に現実に戻しに来やがって。許さん。まあでも、スピードの出し過ぎは良くないね。

十津川温泉 庵の湯

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 人類には温泉が足りない。やってきました十津川温泉。やっぱり源泉かけ流しに限る…。ここいら一帯が温泉地となっているのでどこに入るか悩んだ。

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 悩んだ挙げ句、こちら「庵の湯」さんにお世話になることにした。小さな小さな温泉が好きなのだ。

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入浴前に飲泉

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入浴シーンは音声のみでお楽しみください。

 中は誰もいない、貸切状態。三連休の中日だというのに運が良い。日頃の行いが良いからだろう。窓から外を覗くと十津川が流れている。足を伸ばしてゆっくり1時間ほど、出たり入ったり水を飲んだりして過ごした。

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足湯もある。じんわりと温かい。

 目的は果たしたし、現在時刻は16時前。今から来た道を引き返せば22時過ぎには帰れる…と、一瞬だけ帰宅を考えたのだが、なんと翌日もお休み。深夜に帰宅しても許される。それに、来る道中は橋が多くて冬になったら路面が凍結しているかもしれない。どうせここまで来たのだからキャンプ地の下見に行こう…ということで、計画とは何だったのか、紀伊半島の最端「潮岬灯台」まで走ることにした。

熊野本宮大社

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 個人的な考えなのだが、良い温泉というのは「入浴直後は身体が重い」というのが通例である。そして時間をかけて徐々に身体が軽くなっていくのである…と、湯の山温泉(広島)にお世話になっていた頃は思っていた。今回も走っている間は身体が重かった。そんな道中で見かけたのはであった。水音というのは不思議なことに心の底から落ち着く感情が湧き上がってくる。落ち着くのに湧き上がるというのは変な日本語かもしれないけど。

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 16時30分頃、熊野本宮大社に到着した。4年ほど前、伊勢神宮に行った時は「ここには余程のことがない限り行かないだろうな」などと考えたのだが、まさかここに足を運べる日が来るとは。人生は何が起こるか分からない。八咫烏で有名な神社である。

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 伊勢神宮と同様、境内は写真撮影禁止なので、手水舎の写真のみを掲載する。しかし、この手水舎というのは神社の中でも最も好きな場所の1つ。水面に揺れるオレンジ色の陽光が美しい。

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ちなみに伊勢神宮の手水舎。落ち着く。

 私は神様という存在を信じてはいないのだが、神様がいてもおかしくない厳かな空気を肌で感じた。人間というのは不思議な生き物である。厄が落ちたような気がした。病気も治るような気がした。

 おみくじは末吉 *1。100円で引けるささやかな楽しみである。けっこう辛辣なことが書かれてあったが、いつも通り持ち帰ってお守りにしておこうと思う。また次回どこかの神社に足を運んだ時に、このおみくじをくくりつけ、新しいおみくじをまたお守りにする…いつからこうしているのかは分からないけど、なんとなくである。なんとなく。

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美智子…あんたいい人じゃないか……

 絵馬もあった。面白い絵馬はないかと探したのだが数は少なかった。じんわりと温かい絵馬を見つけてしまった。そうだよ、神社というのは私利私欲をお願いするための場所ではなく、神様に感謝の念を伝える場所なのだよ。

潮岬灯台

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 熊野本宮大社から2時間ちょっとかけて最終目的地を目指す。本来、通過する予定だった橋である。瀞峡…どんな場所なのだろう。次回がいつになるのか定かではないが楽しみである。

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 そして走ること340km、最終目的地の潮岬灯台に到着。さすがにもう営業は終了していた。自動販売機で温かい缶コーヒーを買い、ゴロワーズに火を点けて暗闇を感覚に任せて彷徨った。

 目が暗闇に慣れ、空を見上げたその時であった。今まで生きた四半世紀の中で最も美しい星空がそこにあった。誇張ではない、見た人にしか分からない星空であった。北斗七星(おおぐま座)の並びをここまでハッキリと見たのは初めてのような気がする。東の空には「オリオン座」、西の空には「はくちょう座」と、「本当に美しいものに出会うと言葉を失う」を体感した瞬間であった。どんな美辞麗句もこの夜空の配下では無力である。

To go into solitude, a man needs to retire as much from his chamber as from society.  I am not solitary whilst I read and write, though nobody is with me.  But if a man would be alone, let him look at the stars.  The rays that come from those heavenly worlds, will separate between him and what he touches.  One might think the atmosphere was made transparent with this design, to give man, in the heavenly bodies, the perpetual presence of the sublime.  Seen in the streets of cities, how great they are!  If the stars should appear one night in a thousand years, how would men believe and adore; and preserve for many generations the remembrance of the city of God which had been shown!  But every night come out these envoys of beauty, and light the universe with their admonishing smile.
       The stars awaken a certain reverence, because though always present, they are inaccessible; but all natural objects make a kindred impression, when the mind is open to their influence.  Nature never wears a mean appearance.  Neither does the wisest man extort her secret, and lose his curiosity by finding out all her perfection.  Nature never became a toy to a wise spirit.  The flowers, the animals, the mountains, reflected the wisdom of his best hour, as much as they had delighted the simplicity of his childhood.(Ralph Waldo Emerson, 1836, “Nature”)

 気持ちが入れ替わるというのはこのことを言うのだろう。日本のどこかに、地球のどこかに、宇宙のどこかに、未だ見ぬ美しい景色が存在するのだろうと思うと簡単には死ねない。今日ほどカレーヌードルを食べたかった日はなかったように思う。バーナーとアルミテーブルだけでも持ってくれば良かった。キャンプが楽しみだ。

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黒潮ラーメン

 帰りは有料道路で帰ることにした。でないと朝になってしまうからだ。その前に空腹を満たすことにした。ここのラーメンが涙出るほど美味しかった。鯛のアラでダシをとった魚介系スープ(…たぶん)が沁み渡る。

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 高速道路の入り口を目指していたら、道路にはこんな数字が書かれてあった。反応しないわけがない(車通りが少なくて良かった…)。

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なんでもアリな姿勢は嫌いじゃない。

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 ということで無事に帰宅。総走行距離630kmは間違いなく自己最長記録である。参考までに比較してもらいたいのだが、広島から京都の間が約400km、直線距離にして東京までが368kmということなので、相当な長さを走ったようである。これなら熱海まで行ける。

 どこも寄り道をしなければ1日800kmくらいは行けそうので、今回の旅で自分の限界を知ることができたようにも思う。ただ、やっぱり宿泊道具を持って移動したいのが本音。

 楽しかった。心から楽しかった。やっぱりバイクは生きがいの1つのようである。次はどこに行こう。北陸や中部地方が候補に挙がっているが、行先はその時の気分次第である。

 それでは、次回の旅行記もお楽しみに。

*1:この神社でおみくじをやっていたことに驚いた。というのも、これだけ大きな神社ともなれば「参拝しに来た日が『大吉』である」と考えるため、やっていないものなのである。伊勢神宮のみなのだろうか。勉強不足である。