a.k.a. Sakaki

旅行記と整備手帳と日々の声

閑話

TZRの話

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 早朝6時頃に目が覚めたので,納車のご挨拶に行ってきました。朝ごはんもしっかりと食べることができているので人間に戻りつつあります。日頃からの余裕は大切です。

 さて,ご挨拶の訪問先はいつもの河合神社です。ちなみにここは,私がまだ大学院生の頃,学会で京都に来た時には必ず立ち寄っていた縁の地です。なので,かれこれ5年くらいの付き合いになるでしょうか。何かあると来るようになっていました。

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 自宅周辺は満開になっていたので期待していたのですが,琵琶湖疏水路や鴨川デルタを含め,鴨川沿いの桜並木は開花していませんでした。昨年度に平安神宮と近江神宮を経由して琵琶湖を一周したのが丁度この時期でしたが,その時よりも遅いです。満開になった時に,鴨川デルタにかかっている橋の上から北側に向いた時の感動は今でも覚えています。年度初めが月曜日なので,今年はタイミングが合わないかもしれません。エイプリルフールに違いない。

 少しずつ車両の特性を掴みつつあります。回転数が落ちてきたらクラッチを切って吹かすと落ち着くことが分かりました。また,2速4000回転くらいが公道で走るには丁度よかったです。混雑していなければ3速5000回転から4速6000回転くらい。高いギアに入れて安定させると時速にして80kmはいとも簡単に出てしまうはずなので気をつけなければなりません。狭い間を安定させられたら,どんな車両も上手く乗れるようになる気がします。その点,難しいですが楽しく乗れるバイクだと思います。後続車両には申し訳ないですが()

 燃費は気にしていたら2stに乗らない方が良いですが,距離にして80kmで2/3くらいガソリンが残るくらいの算段で,走り方次第では大体150kmから160kmくらいで給油が必要になりそうです。早め早めということで100km前後を目安に補給をと思っています。これは長距離ツーリングに行かない方が良さそう。

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ということなので,参拝する時は感謝を伝えましょう。
FZRの話

 昼からは雨の予報になっていたので電車でFZRの「治療費」の見積もりに行ってきました。幸い,純正部品の在庫があったようで,13万円少々で直ることが確定しました。私がFZRを購入した時,念の為,部品取り車を仕入れておいてくれたのだそうです。自分が最後のオーナーになるつもりなので,余程のことがない限り手放す気は一切ありません。さて,交換を必要とする部品は,案の定,以下の通りでした。

  • フロントフォーク(左右)
  • ステムシャフト
  • トップブリッジ
  • アンダーブラケット
  • これらに噛ませるベアリング各種

 トップブリッジは意外でしたが「経験的にフロント部分の歪みが生じた際は交換しておいた方が無難」と,整備士さんの判断が下りました。この際なのでキッチリと直してもらおうことにします。ただ,スイングアームやフレームが(今のところ)歪んでいなかったのが不幸中の幸いでした。さすがは安心と信頼のデルタボックスです。

 懸念していたオイル漏れは一時的なオーバーフローだったようです。オイル交換の直後だったからでしょうか。それとも年式の旧い車両なので寿命が近づいているのでしょうか。後者だったら恐怖です。30分ほどアイドリングをしてみたらしいのですが,漏れは見つからなかったようです。どうやらクランクケースの穴は「傷」だったようです。また,マフラー部分に空いていた穴は,水抜きのために空けておかなければならない穴だったそうです。受け取ったら液ガスを剥がしておかなければなりません。素人丸出しでしたが,勉強になりました。通りでキレイに空いていると思ったらそういうこと。勘違いで安心しています。

 直ることは分かったので,今後は休日を利用してカウルの修理をより丁寧に進めていくことになりそうです。何も問題が起こらなければ今月の出費はここまでです。というか,ここまでであって欲しいです。手持ちのお金は給料日までに4万円しかありません。せっかく昇給したというのに次年度もキノコと豆腐とモヤシに助けてもらわなければ生きていけません。ギリギリを通り越してスレスレまで来ています。まあ,バイクで死ねたら本望なのですがね。

余談

 ギリギリと言えば,次年度の職場の辞令交付式も遅刻寸前でした。①乗る電車を間違え,②慌ててバスまで乗り間違え,③2kmほど走って職場にたどり着いた所で会場を間違えていることを伝えられ,④事務長に車で運んでもらうことになり,⑤初日から「もっと早く来なさい」と注意を受けることとなりました。

 14時30分受付開始で式典の開始は15時00分なので,5分前の到着は遅刻ではないと思うのですが,私が最後の入場者だったようです。やれやれ,日本人というのは終了時間はルーズなくせに開始時間にうるさい人種だと改めて思い知ることとなりました。もちろん,他者に迷惑をかけた時点で自分の落ち度なので文句を言う資格はありません。言う気も毛頭ありません。むしろ助けられたのでお礼に菓子折りを買っておきました。初日からしくじり先生です。27歳にもなって満足に公共交通機関にも乗れないようでは大変ですが,借りたものは返す主義 *1

 さて,働くのに自分の月給が未だ正確に分かっていない状態なのですが,いつになったら分かるのでしょうか。来年度も波乱の予感がします。既に危険を察知しているくらいなので,早めに身の振り方を考えておかなければならないかもしれません。とは言え,どこに行ってもこの業界は闇ばかりです。私は幸運な人間であるだけであって,優秀な人間ではないので,次年度に職があるかは分かりません。したがって,今回ばかりは我慢する年なのかもしれません。次も授業を自由にさせてもらえたら良いのですが…。

 その点は,前任校が楽しくて仕方ありませんでした。時代錯誤ところや宗教じみたところ,そしてデタラメな組織(管理)体制さえなければ,給料は少なくても頑張ることができたと思っています。どうやら,そう考えていたのは私だけではなかったようで,かなりの人数の教職員が退職・辞職をしたようです。こちらは考えても仕方のないことではあるのですが,前の職場にいる子どもたちが不憫でなりません。
 「不憫」というのは「卒業した学校に戻って来た時に会いたい教師がいない」ことや「自分の性格や考え方に沿った教師が突然姿を消す」ことを意味しています。教師の入れ替えが頻繁に起こると,体系的教育ができなくなってしまいますし,全体的な混乱を生み出す根源となり得ます。それらの混乱は,取りも直さず,子どもたちに気を遣わせてしまうことになります。どうやら,次年度の職場でも似たようなことが起こっている様子です。初日から察する程には心配ではありますが,あくまでも「個人」として,今まで通り突き放しつつ寄り添って教育に携わることができればと切に願っています。
 心から絵を描くことも観ることも好きなので,前任校で芸術全般に関わる機会を得られたことは(大変なのは大変でしたが)苦ではありませんでした。社会や組織に適応できず,ストレスで精神科に通院しながらの勤務でしたが,偏にそこの子どもたちに救われていましたし,彼らのことが好きで仕方ありませんでした。言葉だけで無責任極まりないかもしれませんが,どうか彼らには,強く生きてもらいたいですし,縁があったらまた会いたいと思っています。これは一種の社交辞令でも嘘でもなく,私の紛れもない本音です。

*1:それだけに,前任校でいただいた贈り物(?)に返礼できないことは心残りです。